2015年03月

1月11日(日)~12日(月)にはお亀岩避難小屋まで行きながら装備不足と悪天候のため三嶺まで行けませんでした。2月11日(水)は白髪山登山口から三嶺往復しましたが、お亀岩避難小屋に寄ることはできませんでした。
どちらも自分にとっては不完全な三嶺で、お亀岩避難小屋と三嶺の両方に寄りたいと、3月21日(土)朝4時50分に自宅を出発しました。
光石登山口に着いたのは6時20分でしたが、駐車場には1台のバイクが駐まっているだけで,他の車はなく、今日のお亀岩避難小屋はすいている様子でした。


駐車場の様子からすると稜線付近の雪は少ないだろうと予測し、軽アイゼンのみ持参し、スノーシューやわかんじき、12本爪アイゼンなどは車に置いていきました。

今回のコースは、1日目はさおりヶ原経由で三嶺に登り、縦走路を歩いてお亀避難小屋で1泊、次の日はお亀岩避難小屋からカンカケ谷経由で光石登山口に帰るというものです。

6時55分に光石登山口を出発し、雪の少ないさおりヶ原を過ぎると、カヤハゲ(東熊山)付近から雪が増えてきました。だいたい40~50cm位の雪の積もったところと雪のないところが交互にあり、登りにくい状況でした。カヤハゲ直下の斜面です。
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カヤハゲは2月に比べ雪の量が少なかったのに、雪が柔らかく、時々膝上まで雪に沈み込み、歩きにくいことこの上なかったです。
これは2月の写真です。CIMG6602

カヤハゲへの登りで、平成17年(2005年)9月の台風14号の大雨による稜線沿いの大崩落を見ることができました。
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今日泊まるお亀岩避難小屋が遠くに見えます。真ん中付近の赤い屋根が避難小屋です。
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9時45分カヤハゲ到着。2月に比べ雪はかなり少なく,残雪という状況です。カヤハゲから三嶺を望む写真です。
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 遠くに剣山(つるぎさん)1,955m(左)と次郎笈(じろうぎゅう)1,930m(右)が見えました。じろうぎゅうの方がかっこいいと思うのは自分だけでしょうか。CIMG7197
 ここから三嶺への登りで結構雪の多い場所がありました。
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登り始めて4時間15分で三嶺(標高1,894m)に着きました。
あいにくの曇り空でしたが、頂上はほとんど無風で、半袖でも寒くありませんでした。
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西熊山方面への縦走路にも雪が残っています。CIMG7237
東方向をみれば三嶺頂上小屋とトイレが見えます。
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午前11時30分三嶺を後にして西熊山経由でお亀岩避難小屋を目指します。
途中の雪は柔らかく、うっかり力を入れると雪を踏み抜いて膝上まで雪にむもぐりました。
2~3歩あるいてズボッと沈み、なかなかリズムが取れません。もしスノーシューやわかんじきを持ってきていてもはめたり外したりが煩わしく、結局付けないで歩く方が多かったと思います。
三嶺を振り返ります。この頃には天候も良くなり、青空が広がってきました。
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西熊山への登りです。先人が歩いた跡をたどるのが一番沈まない方法です。
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途中で見つけた雪の斜面にあいた丸い穴、まさかウサギの穴ではあるまいし...。
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約2時間でお亀岩避難小屋が見えてきました。
あまりに雪に足を突っ込みすぎて膝をひねったため、今回天狗塚への往復は見合わせました。
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お亀岩避難小屋前の雪、上から落ちてきた雪で1.5m位ありました。
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午後4時から早めの夕食。今日は豪華にすき焼きでしたが、重いので焼き豆腐は持ってきませんでした。その代わり糸こんにゃくは持参しました(^_^;。
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お亀岩避難小屋に泊まる一番の楽しみは薪ストーブを焚きながらの夕食。下から約2kgの薪を担ぎ上げました。
赤い炎を見つめていると,人類の祖先が焚き火を囲んで捕ってきた獣を食べているシーンを想像しました。
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夜9時就寝。
翌朝もよく晴れていて氷も夜の低温で硬くしまっていました。
朝6時50分出発。小屋の前の雪の様子です。
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小屋から約100m下の水場です。1月、2月は雪の下になっているので掘り起こすことが大変です。
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約2時間で光石登山口にたどり着きましたが、途中あと5分で登山口、というところで、昨日はなかった崩落場所がありました。まだコロコロと石が落ちてきていて通過困難な場所でした。高巻きもできないため、やむを得ず斜面にステップを刻みながら通過しましたが、グループでの通過は難しそうでした。

今回のコースマップです。

150321三嶺

コースタイム
1日目 6:55光石登山口~7:55さおりヶ原~9:45カヤハゲ9:55~11:10三嶺11:30~13:30お亀避難小屋

2日目 06:50お亀避難小屋~(カンカケ谷経由)~08:03八丁ヒュッテ~08:30光石登山口

午前10時過ぎには高知市に無事着きました。 



昨夜高知市の中心部で開かれた土佐の「おきゃく」をのぞいてきました。
中央公園と帯屋町を見てきましたが、飲み物も食べ物も豊富で、店によって値段も量も違うので目移りしました。
焼きそばやラーメン、土佐ジローのレバー、牛串などを食べてきました。

中央公園入り口にはデハラユキノリさんのベロベロの神様が鎮座していました。
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食べ物です。
土佐ジローのレバーとバナナファジー
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須崎ラーメン 500円
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土佐ジローの焼き鳥
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土佐の赤牛(串)
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おみやげは高知県のトマト。一番おいしかったのは「乙女の涙」((スウィーティア)、甘みとトマトの味とが絶品で、黄色いものが皮も薄く食べやすかったです。
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手前のタイルは3月8日(日)モネの庭のショップで購入したもので、鍋敷きとして使い始めました。

土佐の「おきゃく」、毎年規模が大きくなっているように感じます。
 

先日のKTS(To高松Sunport)に参加した友人のFacebookへの書き込みに次のような文章がありました。

『KTS〜もうひとつのひばり食堂〜』

ひばり食堂(注:土讃線大杉駅近くの食堂、大盛りカツ丼で有名)デビューのσ(^^)でしたが、そこには、もうひとつの出来事がありました。

アーリー3人トリオは、初ひばり(๑´ڡ`๑)を堪能して、夜バージョンに装いを整えて、さぁリスタートや❢

と立ち上がったら、出入り口の扉が開いて、見た顔が。。。第2スタートの師匠とゆうさんでした。

注文しようとする言葉を遮るように「もう終わりです」と無常のひと言。。。( ;∀;)

オーダーストップは、6時半までやし、なんせ材料がないから終わりだと。

途方に暮れる師匠とゆうさん。

初ひばりのσ(^^)が行動開始💨

お店の奥様?のもとへダッシュ❢

「白ご飯だけもないですか?」

「その白ご飯がないがですよ」

「何か出来るもん無いですか?県外からわざわざ高知へ来てくれて、桂浜から走ってきて、ここで食べれるのを楽しみに楽しみにして来てくれたがです。」

「県外から?」

「そうです。わざわざ楽しみにして来てくれたがですよ。それに、これから高松まで走って行くがです。」

奥におる大将と相談。

「どっさりおるが?」

「いや2人です」

再び相談

「2人分やったらなんとかしましょう。ただひんじょうは聞けんけね。かつ丼しか出来んけど、それでもかまんかね?」

「ほんまですか〜❢ひんじょう言いません。かつ丼やったらゆうことないです。お願いします(^_^)/ありがとうございます(^○^)」
師匠とゆうさんに伝えにいったら、師匠がおらん。。。無理やとふんだらしく隣?の商店に売れ残りの土佐巻を買うて帰ってきたとこやった。2人は、かつ丼にありつけたとさ❢  

    (文中のσ(^^)は自分をしめす記号)

ここに書いてある「ひんじょう」という言葉、小さいときに祖母や母から聞いた記憶がありました。
 「ひんじょのか言うたらいかん!」などと言われ、多分「文句、うだうだ言う」とかという意味だと理解していました。
ひばり食堂の女将さんの使った言葉「ひんじょう」の語源について調べてみました。

1)「ひんじょう」の語源は「稟上」(りんじょう、ひんじょう)でした。

 歴史民俗用語 Weblio辞書には次のようにあります。
稟告 読み方:リンコクについて「上位の者に申上げる、申出る。 別名 稟申(りんしん、ひんしん)、稟上(りんじょう、ひんじょう)」とあります。よく会議で使われる稟議書(稟議のために作られる文書)は正式には「ひんぎしょ」で、「りんぎしょ」は慣用読みとのことです。(Wikipedia
歴史民俗用語 Weblio辞書にも同様の文章があります。 
 
それで「ひんじょう」(稟上)はもともと申し上げる、申し出るという意味と分かりました。土佐弁に残っている「ひんじょう」は現在「文句、わがまま」の意味で使われています。

幡多地方(高知県南西部)の方言をまとめたアウリンの幡多弁辞典 に
 ☆*ひんじょう→文句
 この『ひんじょう』は、『文句』と言う意味ですが、文句を言うは『ひんじょうをこく』と言います、とありました。
 
なんと愛媛県の新居浜弁にも「ひんじょ」がありました。新居浜弁 トピック一覧
  「 ひんじょこんご」 → ダダ、わがままのこと。
この  「 ひんじょこんご」 も高知県大豊町のお年寄りに聞いたら、よく使う言葉だそうです。

2)「ひんじょのかぁ」は土佐弁の方言?
 「ひんじょう」が正しい土佐弁ですが、僕の田舎(嶺北地方)で聞いていた「ひんじょのか」または「ひんじょのかぁ」についても調べてみました。

我が町おもしろ 久礼弁集の中には次のようにありました。久礼弁は高知県中土佐町の久礼地区・上ノ加江地区・大野見地区で使用されている方言です。
 「ひんじょのかぁ言わんと、なんでも食うちょけ」  → 文句を言わずに、なんでも食べておいてください 

土佐のALSのおじさんの土佐の言の葉には
 「そんなひんじょのかわ(非常識)言うもんじゃない、まっこと(本当に)こびんす(小物)と思われるき」

 「ばぁちゃんがいっつも じぃちゃんに対して「ひんじょのかぁ ばっかりいいな」 と言いよった。
 確かに・・・ 下着にまで アイロンかける必要はないろ・・・」 とありました。

正式な土佐弁?が「ひんじょう」としても、その派生語である「ひんじょのかぁ」や「ひんじょのかわ」も今もって使われているのだと感じました。

3)土佐弁には古語が残っているとふだん感じています。

 たとえばおんしは「おぬし」、ひいといは古語 ひとひ(一日)から来ています。 例:片付けにひいとい(丸1日)かかった。
 「死ぬ」は「死ぬる」、「帰る」は「いぬる」(往ぬる・去ぬる) と言います。「いぬる」については土佐だけでなく、鳥取、兵庫県、山口県、大分県などでも使われているそうです。
 
大学時代を長崎で過ごしましたが、一番ショックだったのは「水がまける」が通じなかったことです。 
「まける」とはこぼれる、溢れるの意味で、「撒く」の自動詞です。「水を流す」と「水が流れる」、「電気が消える」と「電気を消す」の違いで、自動詞も他動詞も同じように通じると思っていました。
 
長崎では「こぼれる、あふれる」でした。


四国山地で愛媛、徳島、香川とも隔絶された土佐の国、ここに住んでいる自分はここでの言葉(土佐弁)を大切にしていきたいと思っています。

最後にいくつか土佐弁の参考になるアドレスを載せておきますので、興味のある方はどうぞ。
 高知の言葉
 

日曜日の午後、急いで昼ご飯を食べ、北川村にあるモネの庭に行きました。
冬の間乗っていなかったので,バイクのバッテリーが上がっているかもしれないと思っていましたが、一発でエンジンが始動し、約50km走ってモネの庭に着きました。
天候は晴れ、折からの風で花粉も飛んでいましたが、後ろに乗る妻はフルフェイスヘルメットのおかげで,くしゃみや鼻水なし。
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入園料700円を払って少し閑散とした園内を歩きました。梅や桜、ボケの花など咲いていましたが、お目当ての睡蓮はまだ咲いていませんでした。4月から5月が見頃とのことでした。
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園内にある売店に行き、クロード・モネの写真とツーショット。
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鍋敷きになるタイルを数枚購入し、ユズソフトクリームを食べてバイクで帰宅しました。
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2015年3月6日(金)午前10時半ごろ桂浜を出発し、四国を縦断して高松港サンポートを目指す3人組がスタートしました。このうちの二人は昨年11月に高松港から桂浜まで(STK)を走った二人で、今回女性1名を加えてスタートしました。この日の夜までに計12名(4組)のランナーが高松を目指して走りました。
 夜10時半頃、徳島県大歩危付近で先発の3名+後発2名に追いつき、簡単なエイドを開きました。
メニューはぜんざい、バナナ、イチゴ、パン、ジュース、コーヒーなどでした。小雨降る寒い中だったのでできるだけ暖かいものを出そうとぜんざいを温めて出しました。
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寒さと雨で心くじけることなく5人のランナーは高松目指して出発しました。午後11時頃でした。
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大急ぎで荷物を片付け、後続のランナーを探して走ると午前0時前に、大杉駅近くのコンビニで2人のランナーに会いました。服装からしてKTSのメンバーと判断し、声をかけるとやはりそうでした。
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そこからまた12~13km高知市に向かって走ると根曳峠を下ってくる5人に会いました。この中には高松~高知を5回完走しているランナーもおり、先発組よりペースが速かったです。
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まだまだ元気のある様子でした。
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この後みんなは夜を徹して走りました。早い人で158kmを21時間22分で走り、遅いグループでも30時間余りで高松港につきました。12名中4名がリタイヤしましたが、当日の寒さ(山間部は気温3℃)と雨で低体温になったのが原因だと思います。KTSにチャレンジした皆さん、本当にお疲れさまでした!!

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